夜風のささやき

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2014-01-01から1年間の記事一覧

断片的な思い出 母とトウモロコシ

今回も母のエピソードである。小2時代の作文ではなく、半年前に書いたものだ。中国語教室の宿題に自由作文がある。毎回、日本文を書きそれを中国語に訳したものをニャンコ先生に提出し添削してもらう。その中に母の性格を物語るエピソードがあったのでそれを…

断片的な思い出 小2の作文集から

昭和41年5月16日 ぼくのおかあさん てづかはじめぼくのおかあさんはぼくががっこうからかえってくるとねてたり本をよんでいたりします。そしてまどのかぎをしめておきます。きゅうしょくがない日はすぐ、ごはんをつくってくれます。そしておとうさんがかえ…

断片的な思い出 小2の作文集から3

昭和41年5月7日 子どもの日 てづかはじめぼくは、おばあちゃんのうちに行きました。そして本をかってもらいました。ラーメンをたべました。そしてけいちゃんとさんぽに行きました。それからくるまでかえりました。そしてかぶとをだしました。よるになってテ…

断片的な思い出 小2の作文集から2

昭和41年4月25日 ドリームランド 手づかはじめぼくはドリームランドにいきました。せん水かんにのりました。ちんぼつせんやたからがみえました。そしておばけやしきにはいりました。はじめはくびつりおばけでした。そしてしょうじがパタとなって女の人がむき…

断片的な思い出。 小2の作文集から 1

小学校二年のときの作文集が見つかった。東村山の萩山小学校は家から歩いて5分のところにあった。表紙を厚紙でつくって絵を描いた。当時凝っていたウルトラマンの怪獣を描いていた。それを先生が綴じてくれたものだ。二十三話ある。たまにこのブログにアーカ…

断片的な思い出 四 「幻の村山砦」

小説か映画のタイトルのようだがそうではなく現実の話だ。歴史上の話でもない。三年ほど前、不思議なことがあった。昔、東京の西にある狭山湖畔に「村山砦」という料亭のような変わった料理屋があった。湖畔の鬱蒼とした樹木の中にかがり火を焚いた門があり…

断片的な思い出 三 「鎌倉幼なごころ」

海水浴で民宿に一泊して木更津からフェリーに乗り川崎に渡ったその足で鎌倉の親戚を訪ねた。 鎌倉の小町通で眼鏡屋を営むおじさんであった。おじさんといってもどういうつながりの親戚だか定かではない。 初めて鎌倉を訪れた僕はその不思議な雰囲気に魅了さ…

断片的な思い出 二 「最初で最後の家族旅行」

小学校一年生の夏休み。父と母と僕は千葉内房に海水浴に行った。 父はこの年に免許を取ってスバル360に乗っていたのだった。初めての車旅行である。後にも先にも家族水入らずで旅行したのはこれが一度きりであった。 だけれど、障害がひとつあった。家の井戸…

断片的な思い出 一 「三歳の曼荼羅世界」

母が僕を背中に背負って台所脇にある、ガス風呂に火をつけている。 あのガス風呂特有の匂いを嗅ぐと必ず思い出す光景だ。 ガス風呂の匂いは都市ガスやLPガスの匂いとは違う。あのようなとってつけたような匂いではなく、ものが燃焼した乾いたような感じの…

中国語検定、三級跳び越えて二級に挑戦。

中国語検定四級にはなんとか合格して、次は三級を目指そうとテキストを購入して学習を開始した。ところがである。三級のテキストの文法事項は四級とほぼ同じでテキストを読み進んでも既知のことばかりである。三級と四級の差はおそらくボキャブラリーの数で…

実はROCKな俺。

今回は一人称は「俺 」だ。「 僕 」なんてROCK的でない。さて、俺は実はROCKオジサンである。特に1970年前後の最もROCKがROCK足らしめていた時、俺がまだ中学生の頃からだ。もっとも当時はROCK少年だったが。影響を受けたものは三つ。一、映画「ローリングス…

スゴいな、ニャンコ先生

Facebookをぼんやりみていて、みんなすごいな、うまそうだな、可愛いなと感じつつ自分には何も無いなと気づく。卑下しているわけで無く、身軽に感じるなと言うことだ。もちろん憂うことはあるし、気にかかることはある。しかしその質量が他の人より圧倒的に…

ちょっと笑い話「ついてくるもの 三題」

ついてくるもの 三題。まだ、会社員だった時の話。一、会社に出勤したら周りの社員が僕を見るなり目が点になっている。「俺になんかついてるのか?」と憤慨したらみんな大爆笑。 背広の襟に引っかかったクリーニングのプラハンガーを背中にぶら下げたまま、 …

合格証に得点内訳が記載されていました。

中国語検定は予想外の得点でした。中国語検定協会のホームページに合格者の受験番号が発表されましたが昨日正式に合格証が届きました。これに得点と内訳が記載されていました。発表してもはずかしくない点数でしたのでおみせいたします。結果的にはリスニン…

中国語検定4級受験の結果と反省

去る6月22日の日曜日に市ヶ谷のコンファレンスセンターで中国語検定4級を受験しましたが、おかげさまでなんとか合格しました。後にこの経験を自分だけで無く検定を受ける方の参考になるよう反省点をまとめておきます。四級くらいでは、大したことありません…

ちょっと怖い話 その三 追いかすがる女の幽霊

また車で起こった話だ。 私が学生の時にバイトをしていた防水工事会社の社長の話。 社長がまだ若く、大阪に住んで京都の現場まで開通したばかりの枚方バイパスで毎日通っていた。 その日は仕事にケリをつけたのが夜11時。いつものように枚方バイパスで帰途に…

中国語検定試験受験

先週22日に中国語検定試験4級を受験した。⚫︎ヒアリングは聞き取れないところが結構あり、難しく感じた。⚫︎筆記は発音問題の他は文法、長文、作文はほぼ完璧に出来た。ヒアリング、筆記はそれぞれ100点満点だがどちらか一方が60点以下だと合格出来ないから筆…

ちょっと怖い話 その二 「車に乗っていたのは、、」

青山くんから聞いた話。青山くんは上田くんが新車を買ったので二人で箱根のターンパイクに車ならしにドライブに行った。この道は深い霧が立ち込めるので有名だ。季節は梅雨前だった。霧の中ノロノロと車を進めていた。霧はかなり深く、10メートル先もはっき…

ちょっと怖い話 その一 「ナースキャップ」

日に日に夏らしくなって来た中国語のことばかりではおもしろく無い。怪談奇談によい季節だ。僕はどうも霊感体質というか、よく見る人、感じる人なので、過去に体験したことを少しずつ話そうと思う。年代は小さい頃から最近まで回ごとに前後する。まずは軽い…

中国語検定まであと2ヶ月を切った。

中国語検定4級を目指して一ヶ月。受験まで2ヶ月を切った。4級のトレーニングブックを学習して実力について気付いたことのいくつか。1.発音特に声調がまるでダメ。正解率2割。2.聞き取り。短文の正解率は8割。スピードが遅いが単語が不明だとまるで解らないケ…

中国語検定に挑戦

学習をゼロからやり直すには、目標がある方が学習方法、手段が絞れるし授業も真剣になる。そこで中国語検定四級に挑戦することにした。中国語検定の試験は年3回(一級は1回)あり、次は六月の末だ。検定は準四級から一級まであり、級が上がると格段と難しくな…

新たな決意。ナンチャッテ^^;

今日までサボっていた中国語をこの4月に始めからやり直しをすることにした。僕はチャランポランな男だが一旦決めると誰が何と言おうがスッポンが噛み付こうが風が吹いて桶屋が儲かろうが、死んでもやり抜くタイプである。と言ってもまだ死んではいない。中国…

逆襲シリーズ「1950年代生まれの逆襲」紹介

僕たちの世代の親たちが過酷で悲惨な戦前、戦中に幼少期に育ったが僕たち(僕が1958年生)は日本が裕福になりつつある高度成長時代に育った。そして親たちは裕福な定年を迎え、悠々自適な暮らしをしている方たちがほとんどだ。しかし僕たちは青年期に向かえ…

春よ来い!

今年は人生で一番春が待ち遠しい冬になった。というのも、一月末からひどい風邪、おまけに二度に渡る大雪で二週間以上家で寝込んでいなければならなかった。こういう時は一人暮らしは辛い。食料がなくなると近くのコンビニに無理して雪の中を転びながら行く…

バカにしているのではありません。

僕が行ってる中国通のニャンコ先生に言わせると僕の学習態度は先生をバカにしているとのことだ。「歳がずっと下だから? 」そんなことはないつもりだが、意識しなくても事実がそうだから知らず知らずのうちに態度に年上という傲慢さがでているかも知れない。…

あたし鈴木保奈美に似てない?

朝、テレビを観てたら女優の鈴木保奈美が出ていた。そういえば数年前大河ドラマに10年ぶりで出演していたのを思い出した。今度は足尾銅山事件を描くドラマに出演するそうだ。実は大河ドラマに復帰した際にある女友だちからある相談を持ちかけられた。あまり…

「 家族 」「 記憶 」「時 」

年が明けて5日になった。正月はたいてい1人で過ごす。親兄弟、女房子供がいないので仕方がない。もっと若い頃は何かと世話を焼いてくれる女性や同じ境遇の友人もいたが皆所帯を持ったりして今は一緒に過ごすことはない。今年も年末年始は1人で過ごす。別に孤…